サンタアパートの施主である鈴木氏は本牧にいくつかの貸家を所有し、そのうちの最も古くて長く空家になっていた建物をアトリエサンタとして使わせて頂くことになったのは1999年の8月のことであった。おりしもN邸、ネネビルの構想を練っていた時期で、アトリエサンタの持つ不思議な「気」から多大な影響を受け、多くのインスピレーションが降りてきた。
元神奈川県警の幹部で県会議員でもあった方が住んでいたとかで、戦後間もなく建ったという木造平屋建の和風建築は110坪という敷地に女中部屋までついて45坪の床面積がある。作業スペースとして使っていた客間は8帖と6帖の続き間で南側が奥行き一間の縁側に面し天井高は9尺ある。廃品の照明器具で縁側に光のオブジェを作っていると、近所の子供からはいつしか宇宙人の家と呼ばれていた。
せっせと堆肥をしこんだ庭はちょっと気を抜くと雑草に覆われて手におえなくなる。真夏にずらりと並んだ大輪のひまわりは圧巻であった。
剪定した月桂樹の葉を縁側の照明の熱で温めてやると、アトリエいっぱいになんとも言えない芳香が漂った。

どろどろの室内を徹底的に掃除してみると何とも言えない渋さをもった和風建築が蘇った。このときほど建物の命を肌で感じたことはない。あたかも私がくることを待っていたかのように温かく迎えてくれた。座敷ワラシ?…いました。
玄関脇の梅の木は毎年数百個の大きな実をつける。2000年の梅干の出来は最高であった。二升漬けた梅酒は鈴木氏と飲もうと思っていたが、鈴木氏が体調不良のため未だ手をつけていない。

「サンタ」とは、鈴木氏が昔世話になった丹沢の三太旅館からきている。土石流でつぶれてしまった三太旅館の供養のために「三太」の名前を使いたかったという。鈴木氏によると「三つ太って縁起が良い」らしい。 1999年の8月から2000年11月までの僅か1年余りであるが、アトリエサンタで過ごした日々を私は忘れることはできない。
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